【訃報】こじらせ女子、作家の雨宮まみ死去、ブログに書かれた死

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AVライター、作家として活躍した雨宮まみさん(享年40)が15日死去していたことが分かった。
WEBサイト上での連載「セックスをこじらせて」がタイトルを改め『女子をこじらせて』として書籍化。2013年には「こじらせ女子」新語・流行語大賞にノミネートされ話題を集めた。

大和書房は、「15日朝、ライターの雨宮まみさんがご自宅で事故のため、亡くなられました。心肺停止の状態で床に倒れているところを警察に発見されたとのことです。葬儀は親族のみで執り行われ、一般のお別れの会は予定されていないということでした。たくさんの人の心を救ってくれた雨宮さん、ご冥福をお祈り申し上げます」とコメントを発表した。

ネット上では悲しみの声を上げる人が絶えない。

こうして見ていると本当に多くの方に愛されていたのがわかる。

 

また6月に自身のブログにて彼女なりの死生観を綴っている。

以下はその抜粋。

 

死にたくなる夜のこと

 死にたくなる夜というのが、やってくる。
 たいていはそのたびに、薬を飲んで、寝ようとして、

 眠れなかったり、でもほかのことでは気を散らすことができなかったり、

 朝日がのぼるまでの時間を、苦しいまま過ごすことになる。

 「死んでもいいですか?」と、誰かに訊きたくなる。

 否定してほしいわけじゃない。死んじゃダメだと言われたいわけじゃない。心配なんか、かけたくない。
 でも、その言葉は甘えだと、よくわかっている。

 死んでもなにも起こらない。
 あとに残された人がいろいろ面倒だろうから、申し訳ないだけで。
 それでも、この苦しさがあとどれだけ続くのかと思うと、耐えられなくなって、
 ベランダからじっと地面を見つめるときがある。

 冷たい手すりを握って、いつでもこの苦しみと決別しようと思えばできるのだ、と心に言い聞かせる。

 死んだら、みんな、「わたしたちと一緒にいる時間は楽しくなかったの?」と思うだろう。
 「笑っていたけど、あれは嘘だったの?」「苦しんでいることに気づいてあげられなかったの?」

そんなことない。全部本当で、楽しくて、愛されていることも知っていて、ただ、わたしにはわたしの、どうしようもない傷がある、というだけのことなんだ。

 時間が経てば、こんな傷、何も感じなくなるときが来る。
 経験でわかっていても、人の心は、なぜこんなふうに揺れるようにできているんだろう。

 「この先の景色を見たい」という気持ちが、わたしにはない。

 いつも、ずっと、一度もない。
 「この人と一緒の時間を過ごすには、残りの人生は短すぎる」と思ったことは、一度だけある。

 誰かと出会ったり、ものすごい才能を見たり、ひどいものに触れたり、そういうことがあるたびにまた、あの冷たい手すりを握りしめて、「もうここまででいい」と思うんだろう。
 いつも、手すりから引き返した日常を生きている。普通に笑って、話して、食べて、仕事をして。
 そうじゃない日常が、どこかにあるんじゃないか。
 手すりを引き返すなら、もっと、思い切り、もっと、何か、強烈な何かが欲しい。
 たまらなくそう思うときがある。

 感情が、すこし、過多なのだろう。

 明日が、強烈な一日であるように。
 「これでいいんだ」と思えるような決断ができるように。
 引き返した先のほうが、ずっといいんだと実感できるように。

 夜が過ぎるのを待つ。

 

ご冥福をお祈り申し上げます。

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